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お米の学校

「お米の学校」とは?

「お米の学校」の活動は平成10年に東京都内の小学校から始まりました。
この活動は、子供たち全員がバケツの中で種もみを植えつけることから始め、世話をしながら収穫まで育て、そして獲れたお米をおにぎりとして食べます。その後にはワラを使って、工芸品を作ることも行っています。
稲という生き物を育てる過程で子供たちはさまざまなことを学んでいきます。



 

お米の学校を始めた経緯 臼井 隆


私が、お米の学校を始めるきっかけとなったのは、一人の都会育ちの受験を控えた小学6年生の子供と、いじめから不登校となった中学2年生の子供との出会いです。二人の子は、私に農業である前の“農”の持つ無限の役割を教えてくれました。それは平成3年の出来事でした。当時私は、農業を営む農業経営者として、儲かる農業・・・利益追求の農業経営を使命として日々農作業に精を出し求めていました。しかし様々な社会・政治情勢の変化に潤える経営とは言い難い状況が自らの経営や農村の実態として浮き彫りになっていきました。そんな時、この二人の子は、私に農業者として生きていく一つの指針・役割を与えてくれました。それが”農”の持つ“いのち”の営み、食や教育、環境、社会。子供たちの置かれている今の状況は、生きることの意味を失いつつある社会への警鈴として私は受け止め、如何に子供たちに生きることの大切さ、素晴らしさを”農“を通して伝えていかれるか?その時、日本の農の基本である稲作・・・お米にその原点があるのではと思い、一粒の種モミから生まれる“いのち”が如何に生き、どのような生き方、そこでの環境や育てる人(農業者の農法も含め)の生き方、育って人生を全うしていく“いのち”とその後の環境など2000年の間引き継がれてきた稲作文化の素晴らしさを学び、その大切さを子供たちに伝えていく使命をその時感じました。そんな時、共に農業への思いを一にした仲間からの誘いがあった。それは、まったく違った都市の農家と農村の一農家との“農”への思いを一つにしためぐり合いの場でした。それがお米の学校の第二のステップでした。彼とのめぐり合いは、学校給食の栄養士との出会いを生み更に都市と農村を結ぶふれ愛の場に広がりました。そして、今日その広がりが更に様々な分野から「お米の学校」を育てていこうとする動きとなっています。


目的

種もみを植えつける準備をしています。

一年をかけ、お米を育てる実体験の中から、子供たちにいのちの大切さ、いのち育てることの大変さを学び、普段何気なく食べている食が、如何に様々な人たちの手によって私たちのいのちを育て、守っているのかを考える機会にしていく。また、お米の育ち方から、子供たち一人ひとりが如何に生き育っていくべきか、そして社会や自然とのかかわりの中で、学ぶことの意味を少しでも感じ取ってもらえればと・・・・・。